勉強は嫌いだったけど、今は勉強してよかったと思える!!

勉強
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勉強をする必要ってあるんでしょうかね?

長年僕が苦しんでいた課題です。

こんなに苦しむんだったら最初からしなければいいんじゃないかという後悔があるので、勉強は嫌だという悩みを抱えていました。

ですが、今だったら勉強はしてよかったと思えてくるのです。

勉強は必要だろうか?

以前、「勉強はする必要ない」と主張した記事を書きました。

学歴社会じゃなくなってるし勉強ってやる必要あるの?

この記事を書く前にもFacebookで「勉強は嫌い、必要ない」という投稿を度々繰り返していました。

エスト
勉強なんてしなくていいんですよ。僕みたいな頭が悪い人が勉強しても無駄だし、ぶっちゃけ役に立たない

しかし僕の主張に反対意見を唱える人が多かったです。

えー、勉強ほど楽しいものはないのに・・・・
う〜ん、勉強の必要性をよくわかってないんじゃないかな・・・。
私はお金を払っても勉強をやりたいですね。知らないことを知ることはとても楽しいことだし、見えてくる世界も違いますから。

やっぱり僕の視野は狭かったのかもしれません。

勉強が好きな人がいう「勉強」とは捉え方が違っているはずです。

同じ運動でも「スポーツ」は好きだけど軍隊式の教育の「体育」は嫌いだというと納得がいくと思います。

好きな人も嫌いな人も同じ「勉強」という言葉で片付けるから齟齬がでるんじゃないですかね?

ではなぜ僕は勉強をそこまで嫌うようになったのか・・・、できる限り客観視して分析していきます。

勉強は本来楽しいハズ

ひらがなやカタカナは小学1年で習いますが、僕は幼稚園の時点でひらがなカタカナを熟知していました。簡単な漢字も読むことができました。

そういや字が読めるということで発表会でナレーターを務めたことがありましたね。

生活の身近に本があったので、知的探究心に踊らされて自然と字を覚えていったと思います。

「エベレストという山は富士山よりずっと高い」とか、「怪我をすると血が出るのは体の中にある血管が破れるから」といった知識を覚えていくのが楽しかったです。

この頃の僕は大人の人からも聡明に見えたようで、祖父から21世紀こども百科(小学館)という本を買い与えられると毎日その本に夢中になっていました。

当時の僕のバイブルでしたね。

動物のことや天体のこと、食べ物や歴史人物について知識を蓄えていきました。

勉強することは苦痛ではありませんでした。

学校の勉強も最初の頃は真面目に取り組んでましたが、しだいに「勉強が嫌」だと思うようになりました

勉強ができるから孤独になる

小さい頃はやたらと褒められましたが、「普通の子じゃない」という扱いを受けてるようで嫌でした。

特別視されてる、ような。

わからないことがあるとなんでも僕に聞いてくる。そのたびに「すげー!!」と言われる。

子どもだけではなく大人からも

見たことのない昆虫見つけた・・。これなんていうの?
エスト(小学生)
おじさん、それヘビトンボっていうんだよ!!

知識を披露するたびに博識だとか言われる。(あとヘビトンボで検索しないほうがいいです。気持ち悪いのでw)

先生からもわからないことを尋ねられ、その度に褒められていました。

でも嬉しくない。普通の子として接してもらいたい・・・・。

勉強すればするほど孤独になっていくような気持ちでした。

物知り博士というレッテルを取り払って、あくまで普通の小学生としてみんなと遊びたかったです。

「十で神童、十五で才子、二十過ぎればただの人」ということわざがありますね。

子どもの頃は優秀に思えても、ただの早熟だっただけで大人になると全然たいしたことないことを表しています。

僕の人生がまさにこのことわざの通りなんですが、神童だった頃の孤独感が今も忘れきってないのです。

勉強できることで周囲からの期待が重くのしかかった

苦労の甲斐もあって一応は名の通った大学に入学することができました。

まぁ社交辞令なんでしょうが、出身大学名をいうと「頭がいい」とか「エリート」とよく言われます。

でもかえってこれが僕にとってはつらいのです。

こんなことになるならFランや専門学校、高卒で就職したほうがよかったとも思えてくるのです。

公務員への期待

大学進学で福島から上京し、母方の祖父母の家に住んでいました。

祖母が非常に過干渉でした・・・。

教育ママに大きな期待を受けダメになる子どもの話はよく耳にしますが、僕は教育ばあちゃんに追いやられていったのです。

祖母
あんたみたいな勉強しか取り柄がない人は公務員にならないと生きていけないのよ。役所に入りなさい!!
エスト
は〜い・・・

特に目標はなかったので、祖母の言うように公務員を目指すようになりました。

学内の公務員養成所にも通い、公務員試験に向けて一応はモチベーションがありました。大学受験を終えた後の惰性でいいのだと考えていました。

ですがあることがきっかけでモチベーションが全くなくなったのです。

それはゼミ入室試験の面談でのことでした。

教授
うちは行政を学ぶゼミです。あなたは公務員志望とのことですが、なぜ公務員を目指してるのですか?
エスト
安定して楽な仕事だと思うからです。
ゼミ生
ひゃはははははwwwwwこいつ頭おかしいwwwww
教授
えぇ・・・?じゃあなんで地元じゃなく東京の役所を目指してるの?
エスト
東京のほうが遊べるからです!!
ゼミ生
ひゃははははwwwやべぇwwwww笑すぎて腹痛いwwwww
当然このゼミは落ちました。そりゃそうなるでしょうね。

もっともらしい志望動機がどうしても浮かんでこなかったのです。

僕としては本音を包み隠さず話したのですが、思いっきり笑われましたから。

公務員試験の勉強が身に入らなくなりました、これで本当にいいのかなという迷いがあったのです。

そしてこの頃、僕の重大な欠点が顕になります。

暗記はできるけど、自分の考えがない」ということです。

記憶力はあるのでマークシートは得意でした。あらかじめ答えが定まってるから、その答えを出せばいいのです。

ですが公務員試験の小論文の対策が全くできませんでした。

行政について意見を述べるといった内容ですが、楽して安定だから志望している僕には最適解がわからなかったのです。

案の定、公務員試験は落ちました。こんなんじゃ仮に筆記で合格していても面談で落とされてたでしょうね。

公務員になることに期待を抱いていた家族からは失望され、いまだに愚痴を言われます。

本当に辛い。最初から勉強で期待されなければどれだけ楽だったかと思うのです。

就職してからも過度に期待される

民間のIT企業に滑り込み、仕事に必要な資格を取るよう指示を受けました。

同期で研修を受けてたのは20人ほどいましたが、やたら僕は出来て当たり前だと期待を受けてたのです。

やはり出身大学を知られたからだと思います。

確かに資格は取れました。ですが肝心の仕事はできませんでした。

ITパスポートは同じ問題を使いまわされてるため、暗記さえできれば誰でも受かります。

ですがプログラムを組むとなると、さらに応用力を持って取り組まなければならないため付け焼刃の知識では全く通用しませんでした。

英語ができると勝手に思われる

大学受験で英語を勉強したので、英文はそれなりには読めます。

ですが大学入学後に受けたTOEICのスコアは散々なものでした。大学受験とは全く内容が異なってましたし、リスニングに関しては全く対策をしてませんでしたので。

過干渉の祖母からは「なんでそんなに英語できないの?」と今も愚痴を言われます。

2社目の会社の顧問だった僕の大学の先輩に当たる方からも「TOEICよくないね〜」ときっぱり言われました。こういうこといわれるからにはもっとできるという期待があったのでしょう。

オンライン英会話も始め、簡単な日常会話ができるようにはなりましたがTOEICのスコアはピクリともしません。

英語は勉強する価値があるのでこれからも継続して勉強していきたいですが、英語ができると思われてしまうのは正直苦しいです。

漫画の影響かも?

ルフィ

僕は漫画が好きでした。

少年漫画の主人公はほとんどが頭が悪そうな印象を受けますよね。

学園モノでは成績最下位の劣等生だったり、バトル漫画では単細胞で直情的なタイプだったり。

そして「頭のいい」キャラは主人公のライバルや悪役というポジションが多いです。

ずる賢い手段で主人公を陥れたり、優秀なことを鼻にかける傲慢な人物像で描かれてます。

感情移入しやすいのは主人公の側ですので、いつの間にか

エスト
バカでいいや。賢い奴嫌い。

という開き直りと偏見が生まれてきたのかもしれません。

それでも勉強してよかった!!

全部結果オーライですね!!

勉強を通して教養を深めることができましたし、努力することも身につきました。

受験勉強しなかった自分を想像するのがものすごく怖いのです。

もっと酷いところに行ってたと思うのです。

大学の学費は家計の負担になりましたし、学生だった時間は取り戻せません。

ですがこれからの人生でチャラにすればいいのです。

苦しんだことや悩んだことも、絶対に役にたつと思います。

現にこういう文章を書いてるのもこの経験があるからですし。

今は勉強してよかったと思います、本気で!!

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