「頑張ったからいい」という考えは学生のうちに捨てよう

頑張ったからいい

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ブログ更新をサボってたエスト(@ESTO_geography)です。ちょっとは頑張ってみたいと思います。

僕はサボりぐせが激しく、面倒臭いことやつまらないことはよくサボります。

もうさすがに子どもではないので、やらなければならないことはしっかりやりますが、やっぱり努力は苦手です。発達障害の特性もあるんでしょうかね?

努力することはとても大切です。祖母からも「1に努力、2に努力、3、4がなくて、5に努力」と教え込まれてきたもの。

だけど、努力することが本当に万能といえるでしょうか?

頑張りが認められるのは学校の勉強くらい?

学校の勉強は才能がなくても努力が平等に結果に現れるとは幾度となくこのブログで述べてきました。

僕自身が偏差値30台から1年で偏差値60の大学に合格した実績はあります、勉強は裾野が広いです。

最高学府といわれる東京大学でさえ年間3000人も入学するので、天才ももちろんいるんでしょうが努力して合格を掴み取った人もいるでしょう。後者は秀才タイプですね。

また勉強は結果が出なくても、頑張った過程は評価されます。

AくんとBくんはテストの点数が同じ50点でしたが、Aくんはノートを真面目にとっていて宿題も全て提出し、逆にBくんは勉強をする気がなさそうだったとしたら、

Aくんの成績は3Bくんの成績は2になるでしょう。

興味や意欲、態度も大きな評価ポイントとなっています。

しかし学校の勉強みたいに頑張ったら許されないのが社会の厳しいところですね。。。

「泣いて馬謖を斬る」のが社会

泣いて馬謖を斬る」という三国志の古事成語がありますね。

蜀の馬謖は諸葛亮の指示に背いた結果敗戦を招いてしまい、責任を取るため彼は処刑されてしまいます。

馬謖は優秀な武将であり、諸葛亮にも非常に気に入れられていたとのこと。

とはいえ温情ばかりで成り立たないのが世の中というもので、軍師の命に背いたら処刑という軍律を最優先し、諸葛亮は泣きながら馬謖を斬ったのですね。

僕もこの馬謖に似た経験があります。(もちろん彼と比較するには責任の重みが違いますが

↓↓それがこちらの記事↓↓

発達障害をカミングアウトしたら会社をクビになった話

2社目の会社では忘年会の幹事や社員旅行の計画立案を社長から依頼されていて、それなりに信頼はされていたとは思いますが、発達障害をカミングアウトしたばかりにクビ(正しくは契約社員へ降格)になりました。

本業のITの仕事で結果を出せなかったので、リスクマネジメントの関係もあり止むを得ない措置だったと思います。今でもその会社を恨んではいません。

社員を採用するにも数百万のコストがかかるといわれていますが、その分をペイできる貢献ができなければいくらがんばったって無駄だと判断されたわけです。

発達障害は本当に努力とは縁が遠い障害ですね。

だけど努力すると思わぬところで役に立つ

向いてない分野は努力しても結果が期待できません。例えば僕が野球選手や歌手になるのはいくら努力しても不可能ですし、裾野が広い営業職や接客業もコミュ障ですので難しいです。

だからといって努力しなければいいということではなく、適性がないことは諦めて得意なことを集中して努力するのが好ましいと僕は考えてます。適材適所ですね。

学生の頃はできることはすべて全力で取り組みましょう!!

学校の勉強は無駄になる人はいませんから、努力すれば間違いは犯さないでしょう。

学歴不要論も最近よく耳にするようになりましたが、やはり学歴のネームブランドは下がることはありません。努力したことの証明書とも言えますし。

部活動も社会性を学ぶためには経験する価値はありますし、バイトやボランティア、サークル活動などたくさんのことを経験しておくのが有意義な学生生活です。

というのは、経験を通して自分が何が得意でなにが苦手か、また何が好きでなにが嫌いかがわかってくるからです。つまりは自己分析。ジョハリの窓で他人にはわかるけど、自分にはわからない長所/短所もありますよね。

「努力しない」ことを決めるのは就活の頃が意識するタイミングですね。

それまでの努力した経験を棚卸ししてアピールする材料にできます。

結果にかかわらず挑戦したことが認められる社会に

僕はこの記事を通して伝えたいのは「結果が出なくても頑張ったからいい」というのは通用しないということなのですが、世の中のみんながみんなそう考えると「どうせ報われないから頑張らない」と決めつけて挑戦をしなくなりそうです。

苦手なことは無理に頑張らないという考えは個人の中では合理的ではありますが、社会全体がそう考えると挑戦をしなくなり革新的なアイデアが生まれません。

社会を発展させていくためには、やはり頑張ることを美徳として教育していくのが最適解なのでしょうね。

不器用なりに挑戦したことは自分の中で自信になります。一通り頑張った後で苦手なことを断捨離していきましょう。

僕はコミュニケーション能力に苦手意識があり、やはり営業職の仕事はつかないほうが無難です。

また体力がなく瞬間的な判断が苦手なので現業も向いてません。適性がない選択肢は省いていきます。

そして勉強ができれば技術を習得できて、高いコミュニケーション能力を求められないプログラマーを目標に就労訓練を受けています。あとライティングも。笑

向いているか向いてないかはやってみないとわからないので、できるだけ早いうちにトライ&エラーを繰り返して自分に最も合った形で働けるようになれるのが理想ですね。

今年の七夕の短冊、「あるがままで生きたい」と書いたなぁ。

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