僕(@ESTO_geography)は学生の頃から20代半ばまで強烈な学歴コンプレックスを持っていました。
自分より偏差値の高い大学の人と会うたびに劣等感を背負ったり、テレビで高学歴タレントを目にすると嫌な気分になったり、選挙でも立候補者の政治理念よりも真っ先に学歴を気にするほどでした。
ですが今は学歴にコンプレックスを持っていません。
学歴にコンプレックスを持つこと自体がナンセンスだとわかったからです。
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学歴にしか価値を見出せない視野が狭かった受験生時代

僕は勉強が大嫌いでしたし、今も勉強は嫌いです。
理由は英語の単語を暗記したり、数学の問題を解くのがとても苦痛で、しかもこんなつらい勉強をしても人生の役にたつとは思ってなかったからです。
授業態度は悪かったですし、まじめに宿題を提出した記憶もありません。
とはいっても成績は良いほうであり、教師からは「やればできるのになぜやらないんだ」と叱責を食らったことも数知れません。
今でも心に突き刺さってる言葉があって、それは中3のときに父に言われたことでした。
「勉強だけはやれ。お前から勉強をとったら何が残るんだ?」
運動はダメで音楽や美術といった芸術面もダメ、口下手で社交性もない。。
でも勉強なら人並みにできる。
勉強ができるということが唯一のアイデンティティとなっていました。
そして高校2年のある夜、ある決断をしました。
僕は偏差値が高い名門大学に入らなければ生きる意味がない、と。
高校からは勉強がついていけなくなり、偏差値は40程度にまで落ちていましたが僕だったらやれる、と。
それまでは適当なFラン大学や専門学校に行けばいいと考えていましたが、難関の国立大学や私大であればMARCH以上に入らなければ僕の価値はないと思うようになりました。
結果として浪人をし一応は名門大学に合格はしましたが、第一志望の大学は落ちたためものすごい学歴コンプレックスとなりました。
第一志望だった大学は誰でも知っている名門中の名門大学で、僕が入学した大学とは偏差値といいネームバリューといい天と地ほどの差があったからです。
この学歴コンプレックスは尋常ではありませんでした。ですが、今は別に大学なんてどこに入ったって同じだと思います。
大学に入ることがゴールとなっていてその先を見失っては意味がない

受験生の時は大学に受かることばかり考えていましたが、その先のことを見据えてはいませんでした。
名門大学に入ることがゴールになっていたということです。
一応、夢はありました。
教師になるということです。ですので第一志望は教育系の学部だったんです。
しかし滑り止めで入学した大学の学部は経済学部でした。
経済学部でも教員免許を取ることはできます。ですがすでに夢破れて燃え尽きた状態になっていました。あしたのジョーのラストシーンみたいに。
結局は教職課程すらも取らず、第一志望落ちた劣等感で鬱屈とした日々を送るようになりました。
そんなことじゃなくて、進学した大学でいかに就職をするかを考えたほうが生産的です。
大学に進学することが目的で就職することを見失い、結局就職できなかったので(笑)
学歴にコンプレックスがある人、メチャカッコ悪い
大学生の頃はあまり意識してなかったのですが、社会人になって僕の学歴を賞賛する人にたくさん出会いました。
また、僕の学歴を妬む口を聞いてくる人もいました。
たまたま一緒に働いてこんなことを四六時中言ってくる人がいました。
年齢は40代で妻子あり、しかも入社時期は僕と同期ですが幹部候補で入った人です。
僕はそのステータスで満足だとは思うんですが、僕の学歴を執拗に妬んでくるあたり物凄い学歴コンプレックスを持っていることがわかります。
学歴にコンプレックスを持ってる話聞かされると、すごくダサいことで悩んでると思います。
学歴に劣等感があっても会社で出世したり、それで高い収入を得て挽回すればいいと思うんですけどね。
そのためにも高い学歴が必要かもしれませんが、今の日本はほとんど学歴社会は終わっています。
学歴なんてただの指標の一つであって、他にも評価軸はたくさんあると思うんですけどね。
大学のネームバリューにこだわりすぎて何を学びたいかを見失った

予備校に通っていたとき先生から聞いた話ですが、早稲田大学に入れるのであればどこの学部でもいいから受験するという人が多いみたいです。
早稲田大学は政治経済学部が看板学部ですが、法学部や商学部、社会科学部や所沢にキャンパスがある人間科学部も受けるということですよね。
これって大学のネームバリューに囚われて、本当に学びたいことを見出していないということですよね?
実際僕もそうでした。
経済学部を選んだのは、その大学で最も偏差値が高い看板学部だったからです。経歴としてかっこいいからでした。痛いですね(笑)
教育系に進みたいのであれば、別に偏差値高い大学じゃなくても教育学を専攻できる大学はあります。
何を学びたいのかが明確であれば、大学名にこだわらなくてもいいのです。
大学名なんて社会に出たらぶっちゃけどうでもいい
社会に出て役に立てることができなければ、学歴なんてどうでもよくなると思います。
僕のいた会社でも、旧帝大や早慶を卒業している人もいれば高卒の人もいました。
そして学歴が高くても仕事ができるとは限りませんし、学歴が低い人が仕事できて出世していくケースもたくさん見ていました。
一流企業であれば学閥があって一定以上の大学を卒業していることがステータスになっていたりはしますが、その中でも出世できるのは仕事ができたり人間性に優れている人です。
学歴は社会に出ればほとんど意味がないのです。
たしかに大手企業に新卒で入社するのであれば学歴は必要です。一定ライン未満の大学生はエントリーシートで落とされますので。
ですが、入社すればその後の出世は実力がナンボですね。
学歴は強みになるけど、その強みを活かせるかはその人次第
僕自身もそうでしたが、学歴コンプレックスがある人というのは学問以外に取り柄がなく、せめてもの救いだった学問のほうも失敗したという人が多いですね。
ですが折角手に入れた学歴ですから、受け入れることが大事だと思います。
自分を受け入れた上で、前に進むまないともっと厄介なことになりますよね。
中卒だって起業して成功した人もいます。
あなたの取り柄は勉強だけではないはずです。
学歴コンプレックスなんかでクヨクヨせず、自分が誇りを持てることを見つけ出すのがコンプレックスの解消になるんでしょうか?